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実験家の人生

執筆日: 25.05.19

唯物史観

唯物論と唯心論の対立において、私の立場は曖昧1であり、どちらの立場からも考えることがあるが、 あえて唯物論の立場からこの世界を見るのであれば、我々の世界で行われていることはただの自然現象にすぎず、 朝起きて会社に行くのも、同僚と仕事しながら感情が揺れ動くのも、何かに駆られて一生懸命に仕事するのも 全て自然現象に過ぎない。

より広い意味での実験フレーム

そのような自然現象を見たとき、物理学者ならその現象の背後にある種の法則が隠れており、その法則に支配されながら 我々物質が運動していると考えるだろう。 そして我々の運動を支配する変数を洗い出し、それらの変数を少し動かしてあげると、我々の運動がどのように変化するかに 並々ならぬ興味を持つはずだ。 このような環境変数を制御した上で自然現象を観測する行為は、まさしく実験に他ならない。 実際に行動経済学の実験というのは、このような人の心理行動を扱った実験であり、ビジネスにおける AB テストも その根本は同じようなものである2

このような抽象化の先にあるものは、学問の垣根に囚われない実験のフレームワークであり、 あらゆるテーマに対する実験の遂行である。 人生は絶え間ない現象の連続で、その現象の中で自分が環境変数を制御できる能力があるのであれば、 あなたは立派な実験家である。 そして実験家であり続けることは、自分の脳内回路と現実世界とを繋ぎ合わせ、 この世界のより普遍的な理解を目指すための姿勢と言えるかもしれない3

自分自身が実験体

実験家マインドが強いといっても、他人を実験に巻き込むわけにはいかない。 したがって、まずは自分自身を実験体にする。 身近なところで言うと、睡眠時間を変化させながら体調を記録して自分の最適な睡眠時間を測定してみたり、 カフェイン摂取量とそのタイミングの最適化を図ったりする。 また、掃除や料理といった一見生産性の乏しい行為が自身に与える影響を観察したり、 仕事に集中するために最適なスマホの置き場所を探したりする。

それだけではない。 自分自身が実験体であるということは、自分自身の行動を支配するあらゆるパラメータと、その感度を明らかにする ということであり、現在の生活では起こらないような体験も体験させてあげることが重要である。 そういう意味で、普段の自分では絶対に行わないような行動を行ってみることも、良い実験かもしれない。 とにもかくにも、自分自身の価値関数 (効用) をモデル化4し、その各パラメータに対する応答を調べる作業が必要だということだ。

教育が難しい理由

個人的に教師という職業は非常に難しい職業だと思う。 なぜなら、多数の学生の価値関数の最適化という、数理最適化を脳内処理する過酷な仕事だからだ。 そんなことは出来っこないと思われるが、彼らは経験によって研ぎ澄まされた観察能力と、 絶え間ない学生とのコミュニケーションによって、彼らの心理状態を把握し、 どうにか各学生の価値関数を見出しているのだろう。 これがどれだけ大変なことかは、もっと世間に知られてもいいと個人的には思っている。

DX が終わった世界

現在の DX ブームが進行し、あらゆる情報がデジタルに保管される世界になれば、 このような実験フレームは至る所で適用されていくだろう。 学生たちの行動データも全てデジタルに保管され、知らないところで高性能なコンピューターによって解析されることで、 教師は人力での個別最適化・全体最適化の労力が省略できるかもしれない。 同じような個別最適化・全体最適化の問題は、マーケティングや人事などのあらゆる分野に適用され、 これまで人間の力で荒削りに最適化されていた問題たちは、より精度の高い最適化に生まれ変わるだろう。

このような DX → 最適化の流れは避けられないし、そのために DX が行われているとも言える。 ただし、ここで重要な点は、最適化というのは最適化対象があってのことだということだ。 すなわち、どのような関数を最適化するかがわからなければ、どんなにデータがあろうと最適化は不可能だ。 よって、もっと認識されるべきことは、我々はあらゆるシステムの最適化関数を知ることが将来的に求められるだろうし、 そのためのツールとして実験というものがあるということだ。 つまり、いかにこの実験フレームを特定のドメインに素早く導入するかが、 そのドメインのマーケットを支配するかの鍵となる。 したがって、私の思う DX の先に来る最適化の潮流に乗るためには、

  1. まずはあるドメインの DX を行う
  2. 同時にそのドメインで発生する様々な現象のモデルを立てる
  3. 実験を繰り返しながらそのモデルを洗練させ、必要なら取得データの種類を増やす

という取り組みが必要だ。 1 については情報系出身の人が得意だろうし、2, 3については特に物理や経済学出身の人が得意と思われる。 今後の就職マーケットに注目してみていきたい。


  1. 精神の下に個々の人間の世界が構築されているので、その先に何があるかということについては何も言えないというカント的な立場ではある。 

  2. ただし、どのような仮説検証を目指しているかという点は異なる。 

  3. ここでは実験の有効性や仮説検証について述べたいわけではないので、その部分については割愛。 

  4. どういうモデルが有効化はわからないが、とりあえず一般化線形モデルみたいなものを想定すればいいだろう。